楽に 自由に 好きなように*ピアノ生活

目指せ!アダルトチルドレン克服 ”楽”になるための心の研究&ピアノ生活記録 

『私、まだ3歳だわ~』

【全ては陽と陰 2つのバランスで成り立っていて 陽も陰もどちらも大切】

これも理論としてよく言われていることですよね。

コインに裏と表があるように、ポジティブな感情もネガティブな感情もどちらも同じように大切。

 

【起きる出来事にはなんの意味もなく、自分で意味付けをしているだけ】

これもよく言われる理論。

 

どんな嬉しいことや、楽しいこと、また悲しいことや辛いことが起きても

起きた出来事にはなんの意味もない。

 

自分でこれは嬉しい、これは悲しい と決めているだけ。

そしてできれば感じたくないネガティブな感情だって

悪いものではない。

てか全てにおいて良いも悪いもない。

 

全てはバランスなのだから

陰(ネガティブ)がなければ 陽(ポジティブ)もない。

 

引き寄せの法則や、宇宙の理論を自分なりに勉強していて

ちゃんと腑に落ちたものもあれば、頭では分かっても体得できてないもの

色々ありますが、

この理論もなんか壮大過ぎてよく分からない(ノД`)・゜・。

 

物事がフラットなのはなんとなく分かる。

 

例えばAとBがゲームをしていて

Aが勝って終わった。

Aは勝てて嬉しい。

Bは負けて悔しい。

 

ゲームでAが勝った

という出来事にはなんの意味もないし、本当に”ただ起きた”ってだけ。

AとBの間で、全く同じことが起きたのに

二人の感情は正反対。

 

みたいな感じなのかなと。

 

でも、陰が嫌だから

好きなように生きたいから、

たどり着いた”引き寄せの法則”なのに

陰が大切って???

みたいな。

 

でも陰があったからこそ陽を知れた。

その辛いこと、嫌なことがなければ

知ること、学ぶこと、感じることができなかったなということはたくさん

あったかもと思います。

 

 

私は、名称をお借りするならば

機能不全家族の元に育った

所謂AC(アダルトチルドレン)です。

 

機能不全家族アダルトチルドレンとは

家庭内に身体的、心理的性的虐待、ネグレクトが恒常的に存在する家庭を機能不全家族と呼び

身体的暴力が無くても、両親の不仲だったり 暴言や態度等で、子供が安心して過ごすことができない家庭で育ち、その家庭環境より形成された性格によって、成人しても尚生き辛さを感じる人。病名ではありません。

 

今では両親に感謝してる部分もあるし、

なんかこんなことを書くとまだ罪悪感が出てきてしまうのですが

あえて悪いところにクローズアップすると、

子育てをするのに本当に不器用な親だったなーと思います。

 

父は、感情の起伏が激しくとても幼い人です。

全てにおいて自分の思い通りにならないと、怒鳴る。物に当たる。

 

例えば、

 

冷蔵庫に胡瓜の浅漬けが入っていると母が言った。

でも入っていなかった。

母はそもそもそんなこと言った覚えがない。

「言った」「言ってない」の話で母に向かって食器を投げつけ、

狭い部屋で食器がガシャンガシャン 破片があちこちに散らばってカオス!

になるくらいのファイトに発展する。

しかも、「胡瓜の浅漬け」くらいで。笑

 

そんなに浅漬け食べたいならキレてないで買ってきた方が早いですよ~って。笑

今となっては笑えるけれど。

子供の頃は、恐怖の存在でしかありませんでした。

 

キレてしまうと、子供とか女とか見境つかないし。

 

母は、そんな父を”怒らせないこと”だけに全身全霊の力を注いで生きている人でした。

父のいない時に、私や妹と一緒になって悪口は言うけれど

言い返したり、娘を守ろうとはしない。

逃げようともしない。

 

例えば、

「お父さん、今日機嫌悪いから早く寝たほうがいいよ^^」

とか。

 

耳を塞いで必死に寝ようとしたけれど、

そんなこと言われてさっさと眠りにつける子供がどこにいるんじゃいと笑

リビングと襖一枚隔てた部屋で寝てたんで、丸聞こえだしね。

そもそも襖開けっ放しだっだしね。

 

そして母は、熱心な新興宗教家でした。

 

最近になって、少しづつ和解?というか

両親に謝られてみたり、理解のある親になろうとしてみたり。

努力は感じるけれど

やっぱり

実家=気持ち悪い

です。

=怖い

じゃないんだよなあ

=気持ち悪い

が一番ぴったりくる。

 

そんな家庭環境で育ったので

私、【人の顔色を読む】【機嫌を取る】【気を使う】

才能にとっても自信があります。

 

とっても気が利くいい子でした。

いい子であろうとずっと頑張ってきました。

親の期待に沿う子であろうと常に努力してきました。

いつも気使ってて、子供らしくないと他人に心配されるくらい。

 

だからといって

最終的に両親が私に希望した、自慢できるような

”いい子ちゃんルート”には進みませんでしたが。

 

それが良いとか悪いとかではなくて。

それは一旦置いといて。

 

ACの定義通り、物理的に両親と離れても

とっても生き辛いんです。

 

どんなことがというと、

 

人一倍自己肯定感が低いので

簡単に自分を傷つけてしまうし、(リストカットとか身体的なことは私はしたことありません。)

てか、自分が傷ついていたんだってことにも気付けなかったりします。

自分の本当の気持ちがいまいちよく分からないし、

(何が嫌で何が好きで何がしたいとか本当のところでよく分からない。

いや、だんだん分かってきたけど時間がものすごくかかった。)

 

例えば何かでイラッときたとして

イラッときたんだからイラッとしてればいいんだけど

ん~、これってイラッとしていいのかな?

我慢は全然できるけど。

う~ん、私がおかしい?私がなにかしたのかな?

 

ってとこから入ったりします。笑

 

他人との距離感が分からなくて

変におどおどしたり

気を使い過ぎて変な子に思われたり。

友達という関係をうまく作れなかったり。

必要以上に他人を恐れたり。

 

 

私なりに

私の実体験に基づいてACについて色々勉強した結果、

やっぱり、申し訳ないけどそれらは家庭環境が一因にあるんです。

 

 

だって、

”父を怒らせず、母を困らせず、いい子でいる”ことが私の生きる術で、

自分の好き嫌いとか気にしてる余裕なかったんだもん。

父の前で”怒り”の感情なんか

恐怖に飲まれて持てなかったもん。

気を使わないで生きたことなかったもん。

テストで100点だったからとかピアノのコンクールで入賞したからとか

父の日のプレゼントくれたからとか塾で上位のクラスに入れたからとか

何か理由がないと私を肯定してくれなかったんだもん。

全てにおいて私に選択肢はなかったんだもん。

 

18年間。

 

それを物理的に両親から離れたからといって

いきなり自由に生きれるか。

 

無理です!

生まれた頃から染みついたものがそう簡単に消てくれる訳がありません。

考え方や思考は潜在意識レベルでしっかり定着しちゃってます。

 

 

染みついちゃってるから、離れたって、大人になったって、両親より力も経済的にも強くなっても

「昔のことね。水に流しましょ。」

はできない。

 

どんなに私はそうしたくてもね。

子供だって執着したくてしてるわけじゃあないんだよおお

 

そりゃあね、私が私らしく好きなことして楽しむことを肯定してもらったことないんだから。

寝てる以外は”なにかしてなきゃ”という強迫観念の中で生きてきたから

私らしさなんて忘れてるし、

だらける自分イジメますし、

自己肯定感なんて知りません。

 

自分の為じゃなくて親の為に生きてきたから

自分そっちのけで他人の為だけに生きるの得意ですので、

18歳にしてヒモ彼氏養っちゃたりします。

 

 そんな感じで、私は

【自分らしく】【楽に】なんて世界とはとっても遠い所にいました。

 

言うならば陰ですよね。

その中で、良いこともあれば嫌なことももちろんあったわけですけど。

全部を恨んでる、嫌ってるわけではありません。

 

でもスタートラインがそこだったから。

そんな世界で育ったから。

 

人ってそんなに怒鳴らないんだってこと。

みんなで食べるごはんの時間って苦痛の時間ではないんだってこと。

ゆっくり出かける支度していいんだってこと。

喧嘩したって仲直りできるんだってこと。

家に帰りたいなって気持ちになるんだってこと。

私の為に、愛情があって叱ってくれるってことが本当にあるんだってこと。

 

 

私全部18歳過ぎてから知りました。

 

私、機嫌の悪さから当たられたり、怒鳴られたりということはあったけど

親から教育的に叱られたことってありません。

というか記憶に無い。

トラブル起こすような子でもなかったんで

先生に怒られるとかもないし。

 

だから、ドラマとかマンガとかで

悪いことして叱られて、泣いて、最終的に諭されて、ハグされて仲直りみたいなの

すごい憧れてました。

妄想しちゃうくらい笑

それって愛情詰まりまくりや~~ん!!いいなあ!!!って。

変な子笑

 

 

 

当たり前のことが嬉しい。楽しい。新鮮。ほっとする。

それって、私が育った家庭環境がなければ感じられなかったわけで。

 

でも、18歳で実家を出て、7年経ちました。

そんな気持ち最近忘れてました。

 

楽しかったことは

やらなきゃいけないことに変わって。

ほっとすることは

当然なことに変わって。

 

 

4歳離れた妹は

3年前にほぼ家出状態で、実家を出ました。

今はガンガン働いて彼氏もいます。

こないだ会った時に言ってたんです。

 

『私、まだ3歳だわ。

自由な世界に生まれてまだ3歳。

だから、まだ全部が楽しい。』

 

って。

それでなんか思い出しました。

 

だったら私はまだ7歳。

 

まだまだ全部が楽しいはず。

 

当たり前のことが楽しいなって敏感に感じられるのは

私の特権。

忘れないで楽しもう。

 

なんでも

初めては新鮮で心に残りやすい。

 

その新鮮をこの歳で感じられるんだから

贅沢だ。

 

無理にポジティブではいないけど

もうちょっと

たくさん敏感に感じてみよう。

まだ7歳の気持ちで。

 

それに、こんな私だからこそ

楽に生きたい

って思えたんだろうな。

 

だから自分の気持ちに着目するようになった。

 

こんな正反対の世界にいた私が

楽に自由にフワフワ

心から楽しく生きれるようになったら

それって

すごいじゃーん。

 

この家庭環境だったからこそ違うところで役立ったこと、うちで育ってなかったら学べなかったなってことってこれだけじゃなくて

結構たくさんあります。

 

 

でもだからって、

こんな境遇で育ててくれてありがとう

とは思えませんよ。笑

 

もっと楽な子供時代がよかったよ。

 

もう恨みはしないけど、

そーゆーとこ大っ嫌い!

大っ嫌いのままに。笑

 

無理はしません。

我慢しません。

 

いい子でいるのも

もういいじゃない

 

もうそんないい子でもないけどね。笑

 

 

 

 

 

 


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